肺疾患の高齢男性。
煙草を禁じられて長く経ちます。
昨年から嚥下機能が低下し、年末から肺炎での入退院を繰り返していました。
食べることはできなくなり、毎日手足からの点滴、痰の吸引が1時間毎。
その度に険しい表情となるのが辛く、もう家に帰したいと娘さまは決心されました。
病院にその旨を伝えると、「痰の吸引をしっかりマスターして頂かないと退院は難しい」とのことで、指導が始まりました。
しかし、お父様は娘さまが看護師さんの指導で痰の吸引をしようとすると「お前もか…」と言わんばかりの目でじっと見つめます。
娘さまはどうしても辛く、なかなか吸引の練習ははかどりませんでした。
そんな中、自宅退院の相談を受けましたので先ずは娘さまお2人に当院外来に来ていただきました。
「痰の吸引を家族がマスターしないと帰れないのですよね。」
「そんなことはありませんよ。
もう、練習はやめましょう。
そして早くお帰りいただきましょう。
お父様は残念ながら、お迎えのお支度期間の様なんです。
今、病院では点滴をどうしても継続しないわけにいかないので、痰も無くなりません。
退院したら点滴もやめましょう。
お父様はゆっくり枯れてきます。
そうすると痰も枯れてきます。
痰の吸引は訪問看護さんに引き受けていただきましょう。」
飲食無く点滴もやめれば、
おそらくお看取りまでの期間は1〜2週間。
やる気いっぱいの訪問看護さんは、「最初は夜中も呼ばれるかもしれないけれど、しっかりフォローするから。必ず大変じゃない方向に持って行くから。」との私の依頼に二つ返事でチーム参加してくれました。
ご自宅退院の日。
「〇〇さん、ご退院おめでとうございます。
せっかくのご自宅ですから、お好きなもの召し上がって、煙草も楽しんで頂こうと思います。」
と、言うとお父様は「こいつは何を言いだすんじゃ?!」と言わんばかりの表情でビックリして私を凝視
ご家族に説明した後、退院3日目に麻生脳外科ST(言語聴覚士)の源間 隆雄先生にボランティアで来ていただけることになりました(感謝!!)
源間先生は嚥下機能障害のある方でも比較的安全に飲食が可能となる、「完全側臥位法」を指導実施されています。
お父様にも源間先生の監修の元で大好きな缶コーヒーとみかんを楽しんでいただきました。
満面の笑みが溢れました。
4日目と5日目は待望の煙草
ご家族に見守られて楽しい団欒の中、充分堪能されました。(煙草を吸う際に吸い込んだままなかなか煙を吐こうとしなかったそうです。喫煙の醍醐味を噛み締めていたのかもしれませんね。)
6日目、血圧が下がって来て呼吸が早くなりました。
7日目、とても穏やかな良いお顔でご家族の集うお部屋で旅立ちました。
ご自宅退院されなければ、まだ病院で点滴と痰の吸引が続いていたかもしれません。
ご本人の思い、ご家族の願い。
いのちの重み。
正解はありません。
いつもひとつひとつを丁寧に紐解いていくのみです。
けれども、患者さんやご家族の心からの笑顔に出会うと、何かを叶えるお手伝いの意義を感じるのです。
お疲れ様でした。
お着きになりましたらゆっくり一服されて下さい。
合掌。
※写真はご家族の公開快諾をいただいた4日目のご様子です。
※※煙草はやはり健康にはよろしくありません。
お若い方やお元気な方は今のうちにご卒業されて、違う楽しみをどうぞ見つけて下さいね
2019.02.12