訪問診療ブログ『変わってしまったオヤジ、の爪』
金谷 潤子
1月23日
私は1年と少し前からのご縁です。
慢性の肺疾患があり、典型的バチ状爪を呈していました。
認知症の薬と去痰薬数種類に抗菌薬を長年服用されていました。
とても頑固で変化をなかなか受け入れない方なので、朝昼夕の薬の個数を変えず、剤型もあまり違和感が無いように工夫に工夫を凝らして毎回少しずつ変えて来ました。
体重減少があり悪性疾患も疑い、昨年夏には看取りも考えましたが、この方の生きる力を諦めたくなくて僅かな抗うつ薬などを使ったところ、食べる楽しみを取り戻し半年で8kgほど太ることができました。
ふと気がつくと分厚く変色したバチ状爪の代わりに健康な爪が根元から伸びて来ています。
忘れん坊さんのご本人も、きれいな爪が嬉しいのか、そんなことは言ったことないのに「爪を切って欲しい」と訪看さんにお願い。
「高齢者であっても身体はちゃんと変化する」というのが持論ですが、この爪には私もちょっとビックリしました
肺炎を繰り返していた方でしたが、幸いまだお熱は一度もありません。
遠方の息子さんたちのご理解も得られましたので、我が家を長く満喫していただきたいと思っています。
訪問診療ブログ『最期まで自分で在ること』(過去編)
金谷 潤子
2018年11月5日 に Facebookに投稿した記事の振り返りです。
これからも少しずつ過去の記事を投稿していきたいと思います。
食道癌末期の方。
まだお若い。
呼吸困難が進行してきている。
疼痛も強くなってきた。
モルヒネの内服を開始した。
最初はとても調子良く過ごしていたが、呼吸抑制からおそらく炭酸ガス血症となったのであろうか、或いはモルヒネのせん妄か、ぼんやりとし始めた。
彼はノートに書き殴った。
「廃人になった」
「薬で頭がおかしくなっている」
「自分じゃない」
部屋も荒れ果ててきた。
訪問看護師さんと相談して一度全て麻薬類を切った。
薬が抜けてくると言葉が次々と現れてきた。
「もう残された時間は短いかもしれません。
でも、これは誰にも分かりません。
もともと、ご紹介頂いた病院の先生が予測していた時間の4倍くらいは既に経過しているのですから。」
「お迎えが近いことは怖いですか?」
「死ぬのは怖くない。自分が無くなるのが怖い。」
「もうお身体はずいぶんとお疲れになってきているようです。
酸素が充分入ってくると、時に脳は『酸素が満ちているからそんなに呼吸せずに頑張らなくていい』と、勘違いして呼吸の回数や深さを減じてしまいます。
今の時期は不安や恐怖を和らげて、呼吸の苦しさを取るために少しぼんやりさんの方が楽だ、そうなりたいと言う方も多いです。
◯◯さんはいかがですか?」
「頭がしっかりと最期まで自分でありたい。」
「時間は短いかもしれません。
それでは『最期までご自分で在りたい』を大切にしましょう。
その為に酸素も我慢しましょう。
炭酸ガスを少しでも減らすためです。
呼吸の苦しさを減じる為にごく僅かだけもう一度モルヒネを使いませんか?
ご自分を失う量にはさせません。
会っておきたい方、残しておきたい言葉などお考え下さい。」
再度訪問看護さんと相談して、モルヒネの坐薬を4分の1程度に切って使いました。
5時間ほど経過して見に行ってくれた看護師さんからは「とても落ち着いていました。『まだ少し苦しいけどこれで良い、大丈夫。先生に言われたことを考えて、しなくてはならないことを今まとめてる。』とのことです。」
と、ご報告がありました。
緩和ケアとはただ痛みや苦しみを除くだけではなく、その人らしさを引き出すための在り方を叶えるための工夫です。
この方にとって、毎日訪問看護さんが来てくれることが最も大きな心の支えだとのことです。
それに加えてご自分のお仕事の集大成。
それらを邪魔しないような薬剤調整。
ぼんやり穏やかに過ごすことが誰もが求めてる終末期
ではない。
人の数だけ幸せの在り方は違い、
価値観も違う、
そして薬剤の効き方もまた違うことをいつも忘れてはならない。
訪問診療ブログ『缶コーヒーと一服を叶えて』
肺疾患の高齢男性。
煙草を禁じられて長く経ちます。
昨年から嚥下機能が低下し、年末から肺炎での入退院を繰り返していました。
食べることはできなくなり、毎日手足からの点滴、痰の吸引が1時間毎。
その度に険しい表情となるのが辛く、もう家に帰したいと娘さまは決心されました。
病院にその旨を伝えると、「痰の吸引をしっかりマスターして頂かないと退院は難しい」とのことで、指導が始まりました。
しかし、お父様は娘さまが看護師さんの指導で痰の吸引をしようとすると「お前もか…」と言わんばかりの目でじっと見つめます。
娘さまはどうしても辛く、なかなか吸引の練習ははかどりませんでした。
そんな中、自宅退院の相談を受けましたので先ずは娘さまお2人に当院外来に来ていただきました。
「痰の吸引を家族がマスターしないと帰れないのですよね。」
「そんなことはありませんよ。
もう、練習はやめましょう。
そして早くお帰りいただきましょう。
お父様は残念ながら、お迎えのお支度期間の様なんです。
今、病院では点滴をどうしても継続しないわけにいかないので、痰も無くなりません。
退院したら点滴もやめましょう。
お父様はゆっくり枯れてきます。
そうすると痰も枯れてきます。
痰の吸引は訪問看護さんに引き受けていただきましょう。」
飲食無く点滴もやめれば、
おそらくお看取りまでの期間は1〜2週間。
やる気いっぱいの訪問看護さんは、「最初は夜中も呼ばれるかもしれないけれど、しっかりフォローするから。必ず大変じゃない方向に持って行くから。」との私の依頼に二つ返事でチーム参加してくれました。
ご自宅退院の日。
「〇〇さん、ご退院おめでとうございます。
せっかくのご自宅ですから、お好きなもの召し上がって、煙草も楽しんで頂こうと思います。」
と、言うとお父様は「こいつは何を言いだすんじゃ?!」と言わんばかりの表情でビックリして私を凝視
ご家族に説明した後、退院3日目に麻生脳外科ST(言語聴覚士)の源間 隆雄先生にボランティアで来ていただけることになりました(感謝!!)
源間先生は嚥下機能障害のある方でも比較的安全に飲食が可能となる、「完全側臥位法」を指導実施されています。
お父様にも源間先生の監修の元で大好きな缶コーヒーとみかんを楽しんでいただきました。
満面の笑みが溢れました。
4日目と5日目は待望の煙草
ご家族に見守られて楽しい団欒の中、充分堪能されました。(煙草を吸う際に吸い込んだままなかなか煙を吐こうとしなかったそうです。喫煙の醍醐味を噛み締めていたのかもしれませんね。)
6日目、血圧が下がって来て呼吸が早くなりました。
7日目、とても穏やかな良いお顔でご家族の集うお部屋で旅立ちました。
ご自宅退院されなければ、まだ病院で点滴と痰の吸引が続いていたかもしれません。
ご本人の思い、ご家族の願い。
いのちの重み。
正解はありません。
いつもひとつひとつを丁寧に紐解いていくのみです。
けれども、患者さんやご家族の心からの笑顔に出会うと、何かを叶えるお手伝いの意義を感じるのです。
お疲れ様でした。
お着きになりましたらゆっくり一服されて下さい。
合掌。
※写真はご家族の公開快諾をいただいた4日目のご様子です。
※※煙草はやはり健康にはよろしくありません。
お若い方やお元気な方は今のうちにご卒業されて、違う楽しみをどうぞ見つけて下さいね